アトリエ白美「渡辺肖像画工房」 渡辺晃吉
- 平成13年3月31日(土曜日)
【雨時々雪】
昨日も寒かったが、今日の寒さは完全に冬に逆戻り。
足元がしんしんと冷えて、心が萎えて仕方がない。
時々外に眼をやると、雨の中に雪が混じり始めたようだ。
明日から四月というこの時に、雪を見るとは思わなかった。
花冷えとは良くも言ったものだが、これは冷えすぎて洒落にならない。
仕事も大詰めにきているというのに、こんな天候ではまた何日か納入が遅れてしまう。
午後、ヤキソバを二人前抱えてT氏来訪。
ちょうどよい区切りだったので、昼食休みとするが、弁当があるのでヤキソバは遠慮した。
お茶を入れ食事の最中にA氏が訪ねてくる。
聞けばまだ食事をしていないとの事なのでヤキソバを温めて食べてもらったが大変喜んでくれた。
心まで底冷えしていたが、いつの間にかホカホカと温もってきたようである。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
- 平成13年3月30日(金曜日)
【晴、西の風】
午前中、懐かしい友人から電話があった。
少年期から青年期を共に過ごした幼馴染の一人である。
しばらく疎遠であったが、その間にリストラを含め色々あったようで、そのせいかしきりと故郷を恋しがる心情が伝わってきた。
人は生まれ故郷で生活していけるのなら、それが一番幸せなのかもしれない。
広く世界にはばたく生き方は素晴らしい事なのは論を持たない。
確かに世界は広く、人生の可能性は無限なのだろう。
若者に限らず、その機会に恵まれた全ての人は、おおいにはばたいて行くが良いと思う。
しかし、生まれ育った土地に住み、その足元から全てを観て行く人間の生き方もまた、魅力ある人生であると思うのだが、積極性の無い奴と笑われるだろうか…。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
- 平成13年3月29日(木曜日)
【曇のち雨】
いつものようにお昼の弁当を、母屋の電子レンジで温めようと木間に降りた時だった。
妙なしゃがれ声で
「毎度お騒がせします。へっぽこ商店の資源回収車です。ご家庭でご不要になったヘリコプター、ジェット旅客機、宇宙船などがございましたらお声をお掛けください。高価なお値段にてお引取り致します。」
(ええっ、何だって!!)
慌てて外へ飛び出そうとして、思わずニヤッと笑ってしまった。
(ああ、多分近所の悪ガキ共だな)
外へ出て見ると、やっぱりそうだった。小学校4年生から6年生位の子供達が4〜5人で、何やら大きな荷物を運んでいる。
自治会の備品か何かだろうか。一人の手にハンドマイクがあった。
「回収屋さん、原子力潜水艦は持ってかないの?」
「すいません。放射能が出る物は扱ってません。」
雨もまた楽しである。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
- 平成13年3月28日(水曜日)
画室への道すがら、桜の花がちらほらと咲きはじめたのに気付いて、今更ながら時の移ろいの早さを痛感する。
梅の花はもはや散り果て、愛でる間もなく時は過ぎて行く。
いつになったらこの麗しくも華やいだ季節を楽しむ境涯を手にすることができるのだろうか。
せめて仕事の行き帰りに、咲く花の下を通れるだけ幸せか。
そういえば、そこかしこの土手道で、からし菜が花開いて、黄色の毛氈を敷き詰めたようだ。
今日もたくさんの花狩人達が、野に出て行くのだろう。
昨夜、我が家の夕食にも、からし菜のおひたしが供されていた。
いずこの人か、陽光とそよ風に身を染めて摘み取り、それがさらに見知らぬ人の手をへて、我が家の食卓に花を添える。
この世とは何と甘美なものか。何と優しさに満ちたものか。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
- 平成13年3月27日(火曜日)
【晴のち北の風】
朝から気温が高く、画室につく頃には少し汗ばんでいた。
掃除抜きですぐに仕事に取り掛かり、気が付くと昼を少し過ぎていた。
今は手を止めたくないので、一区切りつくまで昼食を送らせる。
午後3時頃、画筆を置いて昼食にする。
一筆描いてはしばらく眺め、また一筆入れての連続なので、物凄く緊張するが、今が一番大事なところだ。
厚塗りの主観的作品ならば、同じ絵でも数時間で描き終える事も可能なのに、このジャンルの仕事はただただ忍耐強く、薄い絵具を何回も塗り重ねていくことでしか完成を見られない。それもあと1〜2日のところまできた。
月内でなんとか仕上げられるだろう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
- 平成13年3月26日(月曜日)
【雨のち晴、西の風】
午後、Y氏来室する。
オークションの出品作品に関しての助言をいただく。
淡彩画も良いが、じっくりと描き込んだ作品はやはり重厚で魅力があって好きだという。
一般的には淡彩画の方が好まれるようで、描き手としても魅力あるジャンルなのだが、人それぞれということか。
確かに納得がいくまで描き込んでいくプロセスには、他に変え難い充実感があると思う。
肖像画の仕事の特色がまさにそれなのだろう。
省略は一切許されず、何度も何度も描き込んでいく中から、やっとイメージに近い人間像が浮び上ってくる。
考えてみると、普段そんな仕事をしている反動なのかもしれない。
全く反対の淡彩写生画に強くひかれるのは。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
- 平成13年3月24日(土曜日)
【晴】
画室への道すがら、古くからの桜の名所を通ってみたら、いつのまにかつぼみが大きく膨らんで、この陽気が数日続けば間もなく開花を見るだろう。
油彩仕事もこの天候が幸いしてか、毎日筆を入れられるので月内の納品も出来そうな感じである。
次のステップまでのインターバルを利用して、新作のロケハンに出掛ける。
国道293号を越えて山間部手前の見知らぬ農村地帯に入り込み、しばらく進むと、見事なタバコ乾燥小屋が点在する村落に出た。
北に目をやるとなだらかな丘の連なりに、紅梅と白梅が点在し、屋敷林の上にはタバコ乾燥小屋のうだつがのぞいている。
ゆったりと起伏する畑地のところどころに、こんもりとした森があちこちと繁り、視線がどこまでも動いて留まれない。
夏までにこの辺りを描き尽そう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
- 平成13年3月23日(金曜日)
【晴】
世にある人達がこの世にない人達に想いを込める日々、此岸から彼岸を想う、この美しくも深遠な営みを、人はいったいいつ頃から始めたのだろう。
人が生きるということは、人が死ぬということを抜きに考えることはできないという。
生は死の一側面であり、死もまた生の一側面でしかないとか。
人間の本質にせまった諸々の賢者聖者の残した、おびただしい真理の中のいくつかを、おぼろげな記憶を掘り返しながら反芻してみる…。
三界の狂人は自ら狂せるを知らず
四界の盲者は盲いたるを知らず
生まれ生まれ生まれ来るとも生ずるにくらく
死に死に死に行くとも死するにくらし
弘法大師 空海
主よ
御身この泥土もてこねたまいたれば
彼等泥まみれなると、おどろきたもうなかれ
御身泥と塵もてこねたまいたれば
彼等塵にまみれて歩み行くと、おどろきたもうなかれ
御身粗きねば土もてこねたまいたり
彼等脆く空ろなると、おどろきたもうなかれ
御身この痛ましき悲惨もてこねたまいたれば
彼等ライ病みなると、おどろきたもうなかれ
しかして御身ミミズに引き渡したまいければ
彼等虫食いなるとおどろきたもうなかれ
シャルル・ペギー
両者の驚くほどの一致に、弱輩ながら感動をおぼえた日のあったことを思い出す。
人間の本質をえぐりながら、決して突き離してはいないで、むしろ深い理解と共感を持って人間を見つめることのできる者だけが持つ、大きな愛が、そこには確かにある。
― この世は美しく、人生は甘美である ―
ゴーダマ・シッタルーダ 臨終の詞
今日彼岸の明け、祖先父母への祈りに変えて
合掌
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
- 平成13年3月22日(木曜日)
ここ数日の暖かさで、画室の周囲の梅が一斉に満開となり、その香がほのかに漂ってきて正に春の到来。
道端にも庭先にも、犬のふぐりがいっぱいに咲いて、薄紫のカーペットとなっている。
ふきのとうはいつの間にか、白く慎ましい花をいっぱいつけて、高くのび上がってきた。
聞けば、近くの旗川の土手に自生するカラシ菜の若菜摘みが始まったそうだ。間もなく見渡す限り黄色い菜の花が咲き誇ることだろう。
そういえば今朝画室への道すがら、畑に入り若菜摘みをしている人の姿がちらほら見えたが、あれは野ぜりを摘んでいたのだろうか。
金さえ出せば何でも買える世の中だが、この風景がなくならない限り、日本もまだまだ大丈夫だと思う。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
- 平成13年3月20日(火曜日)
昨日に続く暖かい日となった。
風もなく穏かな、春彼岸にふさわしい日和である。
案の定、この陽気で昨日の画面が程良く固まっていて、上に絵具をのせてもよくのびる。
一部絵具が滑ったが、石鹸で洗うと回復した。
オークションの落札作品を送り出すために、合間を縫って梱包作業とメッセージをしたためる。
夕方少し早めに仕事に区切りをつけ、姉の家へと向う。
連合いを亡くして、この秋は七回忌を迎える。
仏壇の中はおろか周りさえ、今も花が絶えない。
亡夫への深い想いは、終生色褪せることはないのだろう。
愛情深く、心優しい姉ではある。
途中で仏壇への心ばかりの供物を実家に近い老舗の和菓子店で買い求め道を急いだ。
西の空は既に暮れなずみ、心なしか行き交う車も道を急いでいる様子であった。
広い新道を避け、少し遠回りになるが、往年の佇まいを残す旧道を通り、陸橋の下のトンネルを抜けて、約1時間の短いサイクリングを終えて、姉の家に到着した。
たぶん、画室からの道程を自転車で来たことを叱るだろう。
道々考えた言い訳を反すうしながらベルを押す。
ポチが少し離れた小屋の中から、歓迎の挨拶を送ってきた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
- 平成13年3月17日(土曜日)
【晴のち雨】
朝のうちは暖かだったが次第に気温が下がり始め、やがて雨となった。
午後来客。訳を話し仕事をしながら応待する。
今日は土曜日で彼岸の入り。この客はのんびりと休みを楽しんでいるのだろう。
雨にけぶる梅もまた良しなどとのんきなことを言って悦に入っている。
聞けばこの客、溶き油やテレピンの匂いが大好きだとか。どこが良いのかな、と内心思うが、これも好みの問題か。
今日にふさわしい音楽を聴かせて欲しいと言うので、ヘンリク・グレツキの第3シンフォニー「悲歌」をかけてやる。
次はグスタフ・マーラーの「亡き子をしのぶ歌」。
駄目押しにフォーレの「レクイエム」を聴かせると、えらく感激して帰って行った。
おかげでこちらも相伴にあずかった感じであった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
- 平成13年3月15日(木曜日)
【晴、西の風】
油彩の仕上げ、乾燥がいまひとつでなかなか先に進めない。
乾きの遅い画面はすこぶる良い仕上りにはなるが、それだけに時間がかかり、クライアントの意向にそぐわない場合もある。
原塗りなら少し強引に上塗りしていくのだが、グレーズ描法では、下塗りが乾燥していないと、どうしても色がくすむ。
手間ひまを惜しんではいけないが、かと言ってかたくなに製作者ペースを貫くのもどうだろうか。
もうすぐ彼岸の入り。この仕事、出来れば彼岸中にクライアントのもとに届けたいものだ。
乾燥促進剤はあまり使いたくないし、今から溶き油やワニスを変えられない。とにかく無理せず、自然の力に任せて仕事を続けよう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
- 平成13年3月14日(水曜日)
昨日Nさんより電話があったと言うのだが、珍しいことだ。
画室に着くとすぐに電話を入れたところ、最近膝を大ケガして松葉杖の暮らしだそうだ。
そんな事情もあり、今年から日本画美術連盟を退会したいので、手続き願いたいとの話であった。
Nさんは、阪神淡路大震災の時、神戸で被災し、マンションの部屋が崩れる中、ご主人の身を捨てたフォローによって、あやうく命を拾った経験があり、その時のショックから心に深い傷を負った。その後様々の症状に悩まされ、現在も完全に回復はしていないということであった。
今度のケガの原因は知らないが、度重なる災難にただお気の毒としか言葉がない。
一日も早く元気になり、また顔を見せてくれるようにと力づけ受話器を置く。
今日も忙しい一日がはじまった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
- 平成13年3月13日(火曜日)
【晴、南西の風】
強風が埃をたてて、室内が少しざらついている。
埃よけのケースにキャンバスを収納し、乾きを待つ。
昨夜半に降った雪が冷気を育てるのか、足元が寒い。
画室の屋根の雪が、氷の板状になって落ちてくる音が、かなりの間を取りながら一日中響いていた。
午前11時頃、母屋の兄を病院に送り、12時半頃、再び迎えに行く。
午後1時40分来客、失礼とは思ったが仕事をしながら応待する。
お待たせのお茶を入れてくれた。すこぶる美味い。お茶菓子のクッキーはミートサブレという。
書家あいだみつおのデザインで有名なクッキーだが、味が上品すぎていまひとつ物足りない。
この味を楽しむセンスを身につけるには、あまりにほど遠い日々の暮らしである。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
- 平成13年3月12日(月曜日)
【晴】
夕方近く急激に気温が下がり始める。
仕事の手を止めたくないので、ストーブの石油がなくなったまま。
どこかの山で下刈りの仕事でもしているのだろうか。
チェーンソーの音がしきりと聞こえてくる。
その音に重なって、作業の人達だろうか、幾人かが互いに呼び交している声が距離感の無いこだまのように谷を流れて行く。
音に色があるとすれば、この音はセピア色か。
前の畑にめずらしく耕運機が入り、ジャガイモのうねを掘っている。
今日は息子さんが手伝いに来ているようだ。
畑なんかやめちまえと、口癖のように言っている息子さんだそうだが、やはり親子なのだと、つくづく思う。
風は激しく、黄昏も近い。
背を曲げたオバさんの被り物が風にはためき、むく鳥が目の前をかすめて行った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
- 平成13年3月11日(日曜日)
【晴、南西の風強し】
油彩仕事順調。ただし乾きが良くない。オイルの調合が少し狂ったかもしれない。おかげで絵具のノリは非常に良い。
今日から埃よけを用意し、手を休めた時には、必ず中に入れて埃が表面への付着するのを防ぐ。
なんとか彼岸中に納めたいものだが、少し無理か。
午後7時、風止みを待って帰路につく。
ことさらに車を避けて脇道を選ぶので、闇が深い。
その気の者が襲ってきたら、ひとたまりもない箇所がいたる所にあるのに、まだこの辺は安全ということか。
郊外を抜け市街地に入り、露地から露地と道を沿って家々の軒先を走り抜けていると、学生時代が思い出され懐かしい。
あの頃と違うのは音と匂いが無いことだ。
各家の台所から立ち昇る煙の匂いと、家族の語り合う声。ラジオの音が時々漏れてくる時もあった。
今はどの家の前を通っても人の気配が感じられない。
入口はかたく閉ざされ、点いている灯火で在宅を推量するのみ。
ひさしなくよそよそしく狭苦しいのは何故だろう。
あの頃とは比べものもない程、新しい家々なのに。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
- 平成13年3月9日(金曜日)
アトリエへの道すがら、郊外に差し掛かると、昨夜の雪の名残が、やっと青味を見せ始めた道端の草の上や、梅茶色の山肌にかすかにみとめられた。
例によって画室の屋根の北側は、かなり白くなっているが、半分凍っているのでシャーベットのようだ。
気温が上がるにつれて、それがなだれ落ちてくるのだが、氷の板状になっているために、ドサッという音ではなく、ガシャッという音がする。当ると痛いだろうなと思った。
気温も昼頃をピークに下がり始め、風も出てきたようだ。
太陽が隠れ、どんよりと曇った寒い日となった。
風はますます激しく、ほぼ満開の梅の花がざわざわと揺さ振られている。梅も谷全体ではまだ3分咲きくらいなのがせめてもの救いか。
この分だと向い風の中を帰らなければならないだろう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
- 平成13年3月8日(木曜日)
画室への道の途中の、とある一軒の家のワンコが最近吠えなくなった。
ついこの間まで、かなり遠くから目ざとく見つけて、鎖をいっぱいに張って転げ廻るようにして吠えたものだが、その度に手を振って挨拶を返しているうちに、たぶん張り合いをなくしてしまったのだろう。塀の無い角の家なので結構長い間、お互いに見合っていても、しっぽを振っている。
その家の角を曲ると、道はほぼ真北に緩い坂となって、だらだらと登っていく。先がT字路になるのだが、そこで一回自転車を降りて、1分程周りの風景を眺めることにしている。その日の天候を微妙に反映して、様々の姿を見せてくれるからだ。
今朝は暖かいが、夕方からは多分寒くなり、場合によっては雨か雪になるかもしれない。
帰りが少し心配だ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
- 平成13年3月7日(水曜日)
朝から穏かな暖かい日となった。
午後になると風が出てきたが、それが段々と強まって、1時間程で正に嵐となった。
吹き荒れる風のために、大小さまざまのゴミが、庭に寄せられてくる。
山腹の杉木立から物凄い量の花粉が、まるで煙のように長く尾を引きながら屋根を越えて流れていく。
たぶん風上にも杉の木はあるのだろうから、この辺にも相当量の花粉が飛んできているのだろう。
イーゼルから目を離して表を見ると、すぐ庭先に植えられている数本の梅の木の花枝が、今にも折れんばかりにたわんで、痛ましいほどの風景を見せている。
ごうごうとすさぶ風の音の凄まじさ。何か硬いものが飛ばされて、どこかにぶち当たる時の、一種不安を誘う物音が断えない。
気が散って仕方がないので、カーテンを引いたが結果は同じ。
気温がぐんぐんと下がっていくのが肌で分る。
ストーブの火を強めたついでに、インスタントコーヒーを入れる。
今日は流石に入口を開けておけず、閉めた戸口に在室中の文字を書いた黒板を固定する。
午後3時、郵便配達員が書留を届けに来る。
ひとしきり風を嘆いて去って行った。
室内が妙にほこりっぽいので仕事を中断。カバーを掛けてほこりを防ぐ。
風は時折家がきしむほどの強さで吹き過ぎていく。
午後4時頃、どこかの固定サイレンが火災発生の知らせのために鳴り出した直後、その音を追うように消防車のサイレンが、徐々に数を増しながらせまってくる。
近所の人達も心配なのか表に出て様子を見ている気配がする。
どこかで山火事が発生したらしい。
今日はオバさんにもらったネギを家に持ち帰ろうか。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
- 平成13年3月5日(月曜日)
オークション落札作品の梱包を手伝っていた息子が、思った以上手間がかかるのに驚いたようであった。
勿論、送り出す品物にもよるのだろうが、絵画作品の場合ある程度神経を使うのはやむを得ない事だ。
手間数が多い割りには価格が安すぎるのではと手厳しい。
確かに画室に直接来られる人のことを考えれば、安いのかもしれない。
しかし、そこがまたオークションの魅力なのだと思う。
とにかく良くも悪くも全国の色々な人に観てもらえること、言いかえれば、観られてしまうのだという事の重さをしっかりと受け止めることが大切なのだろう。
間もなく彼岸の季節となる。
ヨーロッパでは四旬節、そして復活祭へと続く。
形式こそ違え正に春を待つ人の共通の願いがそこにはある。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
- 平成13年3月4日(日曜日)
今日は朝から雨模様。
画室に着いたとたん、風まじりの大降りとなった。
油彩の画面の調子をみると、上ぬりはまだ無理のようだ。
無理は分っているのだが、やはり気が急いで仕方がない。
外は激しい吹き降りで山の木々もざわめいている。
こんな荒ぶれた天候も春の兆しなのだろう。
そういえば大気の遠明度がどことなく違う気がする。
昼頃思い出して、いただいたネギを何本か洗ってぶつ切りにし、ストーブの上で焼く。味付けは生醤油だけ。
すぐ軟らかくなり香ばしい匂いがたちこめる。
早速熱いのをほおばりながら昼食をとる。
残りはどうしようか。家に持ち帰らずここで皆食べてしまうか。
以外に欲深い自分に気付き、思わず苦笑いする。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
- 平成13年3月3日(土曜日)
油彩の仕事が順調に進んでいるのだが、絵具の乾き具合がこのところ悪いようで最終仕上げに手間取っている。
やはり天候のせいだろうか。この状態だと予定の期日に額装は難しいかもしれない。
あと2〜3日様子を見て、場合によれば納期を延ばしてもらうよう、クライアントにお願いしなければならないだろう。
ここで焦ると作品が台無しになってしまう。
早く手を入れたくてうずうずするが、ここは我慢我慢。
今朝亀山のオバさんが畑のネギをひとかかえも持って来てくれた。今のネギは軟らかくて甘い。
となりの亀山のご主人も今日は仕事が休みなのか、道に出てきてしばし雑談する。
「趣味と実益を兼ねて、良いお仕事ですね」
画業というと世間の人は大抵趣味と実益と言う。
こんな苦しい趣味を誰がやるものか。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
- 平成13年3月1日(木曜日)
昨夜半から降り続いている雨が朝になっても止む気配が無く、今日は一日中降りとなる様子。
冷雨とは言わないが、やはりこの季節の雨は底冷えするのは仕方が無い。
にもかかわらず自然の何と正直な事か。
画室から眺める梅林は明らかに花を増やしている。
そして、ひさしを打つ雨音に、あちこちの雨だれの音が混ざって耳に楽しい。
吹きすさぶ風の音は、どうしても不安さをさそって良いものではないが、雨音という奴は人の心を安らかにしてくれる。
昨日は亡き母の祥月命日。墓前の花も墓標も、この雨に濡れそぼっているのだろう。
母が若き日、幼くして亡くした我が子の墓標にカサを差しかけ、いつまでも雨の中に立ち続けていたという話を思い出す。
人は哀しく、人は儚い。だが人は美しく、人生は素晴らしい。
■アトリエ雑記は平成12年12月15日からスタートしました。
作家と工房のご紹介 ⇒ 肖像画の種類と納期 ⇒ サイズと価格 ⇒ ご注文の手順 ⇒ Gallery ⇒ 訪問販売法に基づく表示
| What's New | Photo | アトリエ雑記 | Links | BBS |
| ご注文フォーム | お問い合わせフォーム | ネットオークションのご案内 | サイトマップ |