アトリエ白美「渡辺肖像画工房」 渡辺晃吉
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- 平成13年4月29日(日曜日)
【曇、北東の風】
面白い事に気が付いた。
もしかしたら交通法規が改正になっているかもしれないが、かなりの台数の車が方向指示ランプを灯けずに右左折をする。
老若男女おしなべてそうなのである。
大抵は無表情で下目使い。中には携帯片手にニヤニヤとハンドルを握っている。なにか異妖で寒気がする。
このような現象はこの辺特有のものなのだろうか。それとも全国的に広がった一種の社会病理現象なのだろうか。
自己中心性の肥大化はある種の病気であると聞いたことがある。
運転者の思いのままに動く自動車は、そのような人の病巣をさらに肥大化させるような事にならなければと思う。
悪意が敵意に、敵意が殺意にとエスカレートして血生臭い事件が続発している。
この国はもうだめなのだろうか。それともまだ間に合うのだろうか。
正しい人が平和に生活して行ける国であって欲しいとつくづく思う。
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- 平成13年4月28日(土曜日)
【晴】
仕事の都合でいつもより早く、朝7時に家を出る。
今日からゴールデンウイークに入ったためか、街は静かなものであった。
この季節、街のいたる所にアメリカ花みずきが、文字通り花の並木を作って美しい。
その下の歩道を自転車で行くと、車ではとても味わえない開放感があり、まさに陽春から初夏にかけての、一年で最も素晴らしい時を全身で受け止めているような気がする。
画室近くで、普段は見かけない男性がミニダックスを散歩させていたが、その姿のあまりの可愛さに思わず手を差しのべると、件の人がニコッと笑いかけてきた。
何でもない事なのだが、黙って通り過ぎればそれまでの縁。
この何気ないアクションが一日のはじめを爽やかにしてくれた。
おそらく件の人もそうだと思う。
さぁ、今日も一日頑張ろう。
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- 平成13年4月27日(金曜日)
【晴】
「そりゃあ、お宅のお母さんの意思を尊重して、トイレに行くのを助けたり、何事もお母さんのペースに合わせて介護できれば、お母さんのためには良い事でしょうよ。ですがうちではそんな事しませんよ。うちにはうちの管理方針というものがありますから、それに従えない患者さんは退院してもらいますから。もしここに置いて欲しいと言うのなら、今日からお母さんをベッドに縛りオムツをしてもらいます。それで夜中に騒ぐようなら睡眠薬を点滴しますので承知しておいてください。確かに段々とボケが激しくなって遠からず寝たきりになると思いますよ。でもそれがうちの方針ですから、気に入らなければどうぞ今すぐにでも退院してください」
とある総合病院の院長と名乗る外道が、その言葉にいちいち首を縦に振って同意する事務スタッフをしたがえて、ガムを噛みながら長兄と私に勝ち誇ったようにこう告げた。
入院中の母が独力でトイレに行こうとした事をとがめての呼び出しと宣告であった。
「親をここに捨てたのはあんた達だろう」薄笑いを浮かべた院長の顔がそう言っていた。
しきりに謝罪して病院に置いてもらいたいと懇願する兄を横目に、私はどうしても感情が顔に出るのを抑える事が出来なかった。
(何だこいつら、それでも人間か、このバカヤロー共が)
確かにバカヤロー共だが、そこで相手を張り飛ばし、オフクロを背負ってこんなクソ病院を出て行けなかった自分は、こいつらよりもっとバカヤローだ、チキショーめ。
あれから15年が経った。オフクロはそれから7年間いくつかの施設と病院で過ごし、平成5年2月の末の雨の夜に逝った。
昨夜見たテレビドラマのせいだろうか。仕事中そんなことを思い返していた。
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- 平成13年4月26日(木曜日)
【晴】
今日オークションで落札された作品を送り出す。
S.M.サイズの小品ながら思い入れの強い作品であったので、目を留めていただいた事がとても嬉しい。
晩春の黄昏時、何気なく踏み込んだ山里の、夕日の映り返しに包まれた息を飲むような佇まいに、筆を走らせるのも忘れ、しばし見入っていた。
折からの風にどこかの家で手向けた香が漂い、この一瞬がまるで永遠でもあるかのような感覚が歓喜を伴ってこの身を満たした。
強烈な既知感と懐かしさ、この感覚はいったいどこから来るのだろうか。それにしても何と、貧しく未熟な技量であることか。思うことのひとかけらさえ描けてないとは。
この身にくらべ、自然はあまりに深く広く美しい。
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- 平成13年4月25日(水曜日)
【雨】
朝の雨の中、次男のお下がりの合羽を着て家を出た。
画室への道すがら、合羽を着た人に何人出会うかと思ったら、何と2人だけで、大抵の自転車乗りは片手に傘を差していた。
確かに合羽を着た姿は、あまりファッショナブルではない。それに着脱もなにか面倒だし、確実にどこかが濡れてしまう。
しかし、フードをぬけて行く風の音や、パラパラと合羽に当る雨音、妙に狭くなった視野で見る世界は、普段見なれたはずの風景に、新たな面白さが加わったようで興味深い。
かと思えばいたる所にできた雨たまりを蹴散らすように、辺り構わず水飛沫を立てながら走り去る車の無神経で化物じみた印象に、思わず身震いする時もある。
中でハンドルを握っているのは、多分人間なのだろうが、その人の心の中を覗けたら、恐らくのけぞるほどに醜悪なものが住みついてるのを発見するかも知れない。
そんな思いを振り払いながら道を急いだ。
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- 平成13年4月24日(火曜日)
【晴のち曇】
野は一面にタンポポの綿帽子で飾られ、山々の山頂近くはうっすらと青い靄がたなびき、緑は日ごとに色を濃くして、もう初夏の兆しに包まれている。
山肌の所々にぼやっと紫のぼかしが浮かんでいるのは、たぶん山藤の花なのだろうか。
低い土手の青草の水々しさに思わず自転車を止めて近付くと、なんと野甘草の群落が、いくつかの新築住宅のすぐ脇なのに手つかずにしげっていた。この辺ではもう山菜などに関心を持っている人などいないのだろう。
そういえば、画室の庭の野びるもかなり育ってしまった。
除草を兼ねて採取したいが、仕事に追われそれも出来ない。
今年は諦めてフキを楽しみに待とう。
その頃には一段落つくだろうから。
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- 平成13年4月20日(金曜日)
【晴、東の風】
仕事への行き帰りに見るとはなしに見ていたり、目ではなくて肌でかんじるものに思いをはせると、昔あって今ないものがいくつか浮かんでくる。
その一つはある種の人間。いわゆる知恵遅れだったり、精神を病んでいたりするのだが、一定の地域を行動範囲にして定期的に顔を見せる名物的存在の何人かの人達。
大抵は本名とは違う愛称で呼ばれ、子供達の良い遊び相手となっていた。
頭に張りぼての日本髪のかつらを付け、およそ考えつく限りのガラクタで髪を飾り、おそらく何十枚かの重ね着の上から、大きなつつみを斜めに背負って、辻々にあったほこらや、神社に立ち寄ってはシャーマンもかくやと思うような祈りと舞をささげていずこともなく去って行くOSUGAちゃんという名の女性。
馬場のぼるの「ポスト君」はこの人がモデルかも知れないと思うほど良く似ていた青空ぽん太、またの名を天文学者。
膝より少し下までのかすりの浴衣に下駄を履き、なぜかいつも手ぼうきを小脇に抱えて、空を眺めながらのんびりと街を通り過ぎて行く。坊主頭に丸眼鏡(確かどんちゃんメガネとも呼んでいたが)面長で、かつて秀才のほまれ高かった頃の面影がどこかに漂う。
頭も髭も伸び放題、古墳の石室に住みつき、ロシア語の原書を愛読し、興が乗れば誦々たるロシア民謡を原語で聴かせてくれた人さらいのゲンさん。
人さらいと言えば、あの頃の子供達は巡業してくるサーカスの団員は全て人さらいにさらわれて、サーカスに売られた人達なのだと本気で信じていた。
薄汚れたテントと水たまり。うら淋しいジンタの音。客席に流れてくる焼きイカとおでんの香り。サルティンバンコも勿論良いが、あの頃のサーカスには、子供にもそれと判る人生の哀感が漂い何倍もの魅力にあふれていた。
あのテントを見なくなって久しい。もう消えてしまったのだろうか。
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- 平成13年4月19日(木曜日)
【曇のち雨のち晴】
画室に向う途中で雨になったので、とある公共施設の自転車置場の屋根の下に入りカッパを着ていたら、その施設の職員だろうか、近くの駐車スペースに車を入れながら、いかにも敵意をむき出しにしてこちらをにらんでいる。
どうしてなのかといぶかったが、今時カッパを着て自転車に乗る人間なんて、どうせロクなものではないという事なのだろう。
人を見下すように上目使いをしているその人のそばにシーマが停まり、塾生のTさんがあわただしく降りて来た。
ご主人の運転で見事にドレスアップしているところから察するに、なにかのパーティーへでも出掛けるのか。
「先生何をしてらっしゃるんですか。アトリエまでお送りしますからどうぞお乗りください。主人もそう言ってますので」
「とんでもない、せっかくの雨ですからこのまま乗って行きますよ。こういう日でなければ判らない顔が、風景にはあるものですから。ゆっくりと走って行きますのでご心配なく」
「そういう事ならよろしいですが、あまりご無理なさらないように」
そんなやり取りの中ご主人も車から降りて来てお決まりの挨拶を交し合う。
Tさんを駅まで送るのだそうだ。その足で画室まで行くつもりであったらしい。
ご好意に礼を述べ自転車にまたがると件の職員と思われる人に
「断りも無く自転車置場を使わせてもらい申し訳ありません。仕度が出来ましたのでこれで失礼します」と皮肉たっぷりに挨拶すると、件の人は何とも表現の出来ない顔でこそこそと建物の中に入って行った。
少し意地悪だったかも………
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- 平成13年4月18日(水曜日)
【晴のち曇、東の風】
めったにない事だが、珍しくセールスマンの訪問を受けた。
住宅のリフォームを中心に幅広いニーズに対応できる建築会社の営業担当者とのことであったが、内も外も昔懐かしい佇まいなので、生まれ育った家を思い出したと感動ひとしおであった。かえって手を入れない方が風情が残って良いだろうという事になり、話題は結局絵の方に移り、ひととき歓談した後、仕事の手を止めた事をわびつつ辞去して行った。
時節柄なにかと大変だろうが、どうか頑張ってと心で念じつつ仕事に戻る。
間もなく風が出て空は曇り、雨模様となる。
隣の母屋に用事があるのだが、外の道に展示見本を盗み見る気配がするので、遠慮して表に出ずに待機。
この辺りの人は人見知りが激しく、顔を合せるのが気の毒なので時々気を使わなければならない。
たぶん門柱に隠れて頭だけを出して見ているのだろう。
見ぬふり見ぬふり。
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- 平成13年4月16日(月曜日)
【晴】
テニスプロショップ社長A氏より電話、これから伺うとのこと。
間もなく弁当持参で来訪、既に食事を済ませていたので、茶を入れ、お持たせの煎餅でもてなす。
話題は当然お互いのビジネスの事となるが、氏は努力家であるばかりでなく、独特の経営センスの持ち主であり、行動家でもあるのでその発想は常にメジャー。おかげでこちらも勇気づけられる。氏の店は地元足利のテニスプロショップ「スマッシュ」の他に、下北沢の目抜き通りに、知る人ぞ知る「リバティークロス」を経営、週の内半分以上を東京で暮らす。
もしこの雑記を見てくれた諸氏の中でテニスを愛する方がおられたら一度訪ねられる事をおすすめする。
決して失望しないはず。
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- 平成13年4月15日(日曜日)
【晴】
同一人物の二点セットの肖像画も、ようやく完成が近くなった感がある。
同じモチーフで複数を描いた事も何度かあったが、いずれも構図が違ったり、衣装が別であったりで、同一人物とはいっても独立した作品を描いていた訳だが、今回のケースは今までのそれとは全く条件が違っていたのに気付くのに、それほど時間はかからなかった。
二点を全く同一作品として描くという事は通常の四倍以上の時間を必要とする大変な仕事であった。単独では完璧でも、二点を合せれば、どこかに必ず違和感が生まれている。一筆の加筆が、文字通りその作品を他と別のものに変えてしまう。結果を予測しながら、なるべく同時に描き込むようにするにだが、光のわずかな条件の違いや筆の運びのちょっとした違いで微妙なずれができて不自然な雰囲気となる。
しかしどうやらそれも峠を越えたようで、それぞれの作品の雰囲気が揃ってきたのに自分でもホッとする。
今回の仕事ほど、己の技量の未熟さを痛感したことはない。
それだけに納得のいく作品にしたいものだ。
忘れるところであったが今日は復活祭、春の盛り。
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- 平成13年4月13日(金曜日)
【晴】
今だから言えるのだが、3月に入って間もなく絵筆を握って以来初めてで最大のスランプに陥り、日を追うごとに酷くなり、最悪の時にはイーゼルの前に座ると息が詰ってしまい、どんなに努力しても5分と絵筆を持てない状態になってしまった。
昔、亡き師は、絵筆を握る者はいつか臓腑がねじ切れるようなスランプに襲われる時が来るが、それを乗り越えない限り、さらなる進歩はあり得ないと話していたが、今が正にその時と我が身に言い聞かせて、文字通りのたうちながら不毛の争いを続けてきたが、数日前から激痛がおさまるかのように、自然に手が動くようになり、一時間くらいは休まずに描けるほどに前の調子が戻ってきた。
何と長く暗く苦しいトンネルであったことか。
比べるにはあまりに僭越ではあるが、ゴッホが己の画業に行き詰まり、ピストル自殺した心境が少しわかるような気がした。
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- 平成13年4月12日(木曜日)
画室の入口を入るとそこは2坪ばかりの土間なっていて、肖像画見本が展示してある。
表から入口を覗くと、ちょうどワンちゃんの肖像画見本が真前にあるのだが、通りからはけっこう離れているので、遠慮無しに入ってきてもらいたいと思う気持ちとは裏腹に、なかなか気安く見に来てはくれない。
今日も昼食を摂っていると、表の通りに数人の人の気配。
「ねぇ、あの絵のワンちゃんうちの◯◯ちゃんに似てない?」
「本当にそうね。まるで◯◯ちゃんがモデルになったみたいね」
「すごいわまるで生きてるみたいね」
「ほら、こっちに来るとちゃんとこっちを見てるのね」
「欲しいけれど私達には高嶺の花だわね」
「そうね、すごくお高いんでしょうからね」………
何か考えなければと思った。
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- 平成13年4月11日(水曜日)
昼近く、消防車のサイレンの音が勢いを増して近づいてくる。
そのうちだんだんと台数が多くなり、ただ事ではなくなった。
急いで外に出てみると、何と目の前の大坊山の神社付近から裏側にかけて、かなりの範囲が燃えているのだった。
湿気が多いのか白煙がもうもうと立ち昇り、折からの南風にあおられてバチバチと音が聞こえてくる。
どうやら神社には被害がおよんでいないようで、地元の人達も一安心といった表情であった。
火は夕方近くなって下火となり、午後6時頃には下から見る限り鎮火しているようであるが、この地域の分団の人達は徹夜の見張りとなるそうである。
本当に御苦労様と心から思った。
午後、いとこ来訪。その後実家の兄夫婦と姉が母屋を来訪。義姉が呼びに来たので挨拶に上がる。
それにしても今日は少し汗ばむ程の一日であった。
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- 平成13年4月10日(火曜日)
【晴】
今日二つの発見をした。
一つは桜の花は散り始めたほうが色が濃くなる事。
盛りの頃はほとんど白に近い花の色が、今は鮮やかな緑の葉と共に、文字通り桜色で枝を飾っている。
もう一つは、通勤の途上に放置してある自転車のほとんどが今乗っているこの自転車より高級そうに見えるという事。
おそらく心無い人が足代わりに行きずりに盗んで、用が済むと投げ捨てていったものなのだろう。
シルバーメタリックの洒落たデザインもあれば、マウンテンバイクや折りたたみ自転車まである。
いったい持ち主は盗難届を出しているのだろうか。たぶん自転車程度で騒ぎ立てるのはみっともないとでも思っているのだろうか。
幼い頃観たイタリア映画「自転車泥棒」を複雑な心境で思い返した。
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- 平成13年4月8日(日曜日)
【晴】
開花してからの寒さで花持ちの良かった桜も、盛んに散り始めて、そこここに文字通り桜色の絨毯が出来ている。
画室からの帰路、公園や街路の桜が折からの東風にはらはらと花吹雪となって降りかかってくる。
黄昏の薄闇に誘われてか、今日はいつもに比べ、行き交う人の数が多い気がするのは考え過ぎだろうか。
子供も大人も老いも若きも、行く春を惜しむかのように浮き立つ心のままにはしゃいでいるようだ。まだ春も盛りだというのに…。
人は桜の花に触れた時、これがこの世の見納めかと思うと言う。
確かに来年もまたこの桜の下に立てるという保証はどこにもない。
だが、やはり次の年にも、また次の年にも、今日と同じようにこの桜の下に立っている事を信じなければ生きて行けない。
だから今、この身も花に浮かれて歌を口ずさみつつ、桜並木の下の家路を辿るとしよう。
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- 平成13年4月7日(土曜日)
朝から来客が入替り立代りでどうにも仕事にならない。
考えてみたら今日は土曜日で、どこも桜吹雪の乱れ舞とか。
来る人誰もが異口同音に花見の帰りだと言う。
全くいい気なものである。
やれ百観音の桜山が見事だったとか、佐野運動公園が良かったとか、太平楽も極まったという所か。
とうとう諦めて仕事を中断、小休止となった。
来客の合間に昼食を摂ったので、やれお土産の団子だ、いなり寿司だ、桜餅だと出されても食える訳がない。
それに引き換えご婦人方の元気なこと元気なこと。
ものは考えようで、誰も訪ねてこない所に比べたら、本当にありがたいことだと思う。
勢いとは凄いもので、今度は前の畑からネギがどさっと届けられたので良いお土産となった。
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- 平成13年4月6日(金曜日)
【晴のち東の風】
FM放送を聴いていたら「渡良瀬橋」という歌が流れてきた。
生まれた街にある神社や小学校と中学校への通学途中に必ず通った床屋、そしてすぐ近くにある渡良瀬川などが美しい詞の中に織り込まれていて、しばし仕事の手を休めて聞き入ってしまった。
全てが子供の頃の原風景なのだ。
5歳位の時だったか、年の離れた長兄の結婚式の日、埼玉の行田市から嫁いで来た義姉が、花嫁衣裳のまま親族を引き連れて足利駅におりたち、徒歩で婚家に向う途中、渡良瀬橋を渡りながら、低い山に抱かれたようにたたずまう足利の地をはじめて眺めた時、「ここなら暮らせる」と確信したと言う。
やがて桜が終ると、足利はつつじの赤と新緑に彩られる。
確かに「きれいな街に育った」と思う。
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- 平成13年4月5日(木曜日)
【晴】
昼近くにS美術の社長が来訪する。
少し疲れ気味の表情であったが考え過ぎか。
世の中全て不景気であることを高らかに宣言してから着席。
いつもと変らぬ話題でひとしきり話が弾んだが、弾んでいるのは先方のみ。こちらはただ聞き役に徹するのみ。昼過ぎに帰っていった。相変わらず元気な人だと思う。
昼食の時、藤村の「破戒」を書架から出して頁をめくるが、その本がまたえらく古い物で定価が1円70銭とある。
中の文字は漢字かな共に旧体なのがひどく面白い。
今日は主人公の丑松が下宿近くの畑への散歩からの帰路、つい先頃同じ勤務先の小学校を中途退職した何がしという同僚とばったり会う所で頁を閉じた。
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- 平成13年4月3日(火曜日)
【晴のち雨】
桜の下を通るとき、不思議に思っていた事があった。
普通桜の花が散るときには、花弁が一枚一枚苞から離れて落ちてくるはずなのに、そっくりそのままの形で木の下に積もるようにたまっている場所がある。
どうしてなのかなと考えていた矢先に、その理由がやっと判った。判ったというより、花をまるごと散らせる犯人を目撃した。
満開の桜の花の枝に止まった雀が蜜を吸ってはその花をクチバシでくわえて下に落としているのだった。
一羽だけでもかなりの数を落としているのに、けっこう大きな群でせっせとその作業をしているのだから、木の下が絨毯のようになってしまうのもうなずける。
春の風の悪戯にしては洒落が効きすぎると思っていたが、なるほど頼みもしないのに余計な事をする奴がいるものだ。
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- 平成13年4月2日(月曜日)
【晴】
月曜日のせいだろうか。いつもより車の台数が多く、しかも何となくせわしなく走っているようで少し危険を感じる。
遠回りをして車を避けながら脇道を選んで自転車を走らせていたら、今は既に無く、昔三笠通りの桜並木と呼ばれた桜の名所の、最後の名残を留めているような場所に出た。
遠目ではいつも見ていた製糸工場の敷地の中と見まごうロケーションで、Yの字の川に架かる橋が2本。人家はあるのだが、まず特別の用がない限り通りがかる人はいないと言ってよい不思議な雰囲気の場所であった。
製糸工場独特の臭気が辺りに立ち込め、川の水は少し濁っていて決してきれいとは言えないが、なにか懐かしい佇まいと、満開の桜の古木の見事な並木が、まるで魔法の空間でもあるかのような錯覚に少し目が眩んだ。
最初の橋を渡ると、左は工場のプラント、右は小川が急斜面の深い土手下に流れていて、太い桜並木となっている。
Y字の付け根の辺りに、人だけがかろうじて渡れる程の細い橋が、工場のいかめしい構内に向ってかけられているが、その両脇には見事な桜が咲き誇っていた。
その橋を右に見ながら私道のような細い道路を東に進むと、やがて南北に続く細い土手道と直角に繋がり、左折して小さな踏切を渡ると、いつもの道の橋の手前に出た。
生まれてはじめての道であるはずなのに、強烈な既知感に包まれた数分間の、ささやかなタイムトラベルであった。
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- 平成13年4月1日(日曜日)
【晴、西の風】
朝方は穏かであったが、午前10時を過ぎると、やはり強い風となった。
既に花の終った梅の林が、ごうごうと音を立てて枝を揺すっている。
前の畑に人の動く気配がするので目をやると、強風の中をオバさんがカキ菜をとっている。
間もなく一抱えのカキ菜を持ってきてくれた。
この間頂いたネギも甘くやわらかかったが、とりたてのカキ菜も甘くてうまい。
今年は仕事の都合で、カラシ菜摘みに行けなかった。
この時期になると群生地は一面黄色い花でうまっているのだろう。
桜の花の下が黄色の菜の花に包まれている風景はやはり美しいとつくづく思う。
帰りは少し寄り道をして、桜並木の下を走ろうか。
■アトリエ雑記は平成12年12月15日からスタートしました。
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